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まじま省三ブログ

まじま省三(日本共産党衆議院議員)の日記です。

5月3日~「博多どんたく」は、新憲法誕生を祝うまつりとして復活したものです

肌を刺すような五月晴れの5月3日、本日は、66回目の日本国憲法の誕生日です。「博多どんたく」で、にぎわう福岡市内3か所で、福岡市議団のみなさんといっしょに、憲法記念日街頭演説をおこないました。

 

「博多どんたく」と日本国憲法は、切っても切れない縁があるんです。

「博多どんたく」は、800年以上前に生まれた「博多松囃子」(※1)が起源と言われますが、昭和に入って戦時色が強まる中、1938年(昭和13年)を最後に8年間中断しています(最初の原稿が「13年間中断」と書いていたのは間違いです。訂正し、お詫びします)。

(※1)「松囃子」は、年頭に福を祝って行う芸事のことで、「松の内におこなう囃子」の意味。「博多松囃子」は、「博多どんたく」の起源であり、中核ですが、現在では「博多どんたく」のイベントの1つに包摂されています。福神・恵比寿・大黒の三福神と稚児が、福岡や博多のほうぼうを訪問して祝賀する祭。「選択無形民俗文化財」(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財)。

写真は、戦前の松囃子参加者と笠鉾。

f:id:majimasyouzou:20130503151120j:plain終戦後、1946年5月、「博多復興祭」として、空襲で被災した博多のまちの瓦礫のなかで、紙のハッピとタッツケ(※2)の松囃子で復活しました。

(※2)タッツケ=袴のひとつ。もとは、武士の旅行用、のちに、行商人・農民の仕事着として用いました。

 

1949年、新憲法の誕生(※3)を祝って、「博多どんたく」の開催日が、5月3日・4日と定められました。

(※3)当初、表題とここで「発布」という言葉をつかいましたが、「『発布』は大日本帝国憲法明治憲法)で使う言葉で、日本国憲法は『公布』といい、5月3日は日本国憲法の施行(1947年5月3日)の日である」という指摘をいただきましたので、「誕生」という無難な表現に変えました。

「発布」と「公布」については、辞書によって解釈が違います。

小学館のデジタル大辞泉の解説では、[名](スル)法律などを世間に広く告げ知らせること。公布。「憲法を―する」とあり、同義語と扱っています。
三省堂の大辞林の第三版の解説では、[名](スル)法律や憲法などを、世の中に広く知らせること。「憲法を-する」 〔類義の語に「公布」があるが、「公布」は「施行」と対になる語で、新しく成立した法律・政令・条約等を官報などに記載し、一般国民に知らせる意を表す。それに対して「発布」は文章語で、新しく法律などを世の中に広く知らせる意を表す〕と、違いを解説していますが、よくわかりません。

いろいろ調べますと、【発布】とは、新しく法律などを広く国民に知らせること。過去のことには使わない。【公布】とは、法律などを施行するにあたって、広く国民に知らせること。過去のことにも使う――だから、「近代立憲主義的憲法典として最初」の公布(宣布)だった大日本帝国憲法では、「発布」を使い、決して「公布」を使わない。日本国憲法は、大日本帝国憲法第73条の改定手続きにのっとって制定したので、「公布」と使い分けたのではないかというのが、一番納得できます。

ちなみに、英語では、両者とも同じ「proclamation」と訳するようです。

 

「博多松囃子」の800年の歴史は、ときの権力者の都合で、利用されたり、中断されたりの繰り返しでしたが、戦後、国民主権の日本の誕生とともに、庶民の祭りとして復活したのです。

戦争からの復興、恒久平和への願いをこめて、日本国憲法とともに、復活したのが「博多どんたく」なのです。

 

写真は、天神フタタ前。後列右から、福岡市議団の宮本秀国団長、綿貫英彦市会議員、中山いくみ幹事長、星野美恵子副団長、熊谷敦子市議。

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まじま省三選挙事務所 福岡市博多区住吉5-6-14 電話092-411-5131(代)